【ごあいさつ】 |
やっぱりナゴヤから、やっぱり岐阜から。 言い訳の利かない歳になりました。あっという間に演劇の世界に足を踏み入れて18年、朗読と出会って20年を回ってしまいました。この間、そういう選択をしてこなかったからではあるのですが、大して売れるわけでもなく、言われることといえば「でお前、いい人はいないのかい?」ということくらいのものです。 それでも、とにかくひたすら、前へ進むことにします。生まれ育った愛知県、一宮、名古屋、そして岐阜の街から、俳優として?、ナレーターとして?、朗読者として?、肩書きはいろいろありましょうが、「わたしがよむ」ことを掘り上げ、掘り下げ、耕していきたい。誰かの声は、確実に誰かの人生を変える。変えることができる力を持っている。それを伝えることができれば。 自分が考えていることは、やっぱりそんなことなのです。 【2012年10月7日更新】 |
【管理人(編集人)「ニシムラタツヤ」のプロフィール】 |
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1975年9月24日、中途半端に暑くて寒い尾張国一宮市生まれ。41歳。B型。俳優・朗読者。一宮高校放送部で朗読を始めた後、南山大学入学と同時に演劇部に入り、1996年の年末、「劇集団集中チ療室」の旗揚げに参加する。役者兼制作として11本の公演(ライブ)に参加の後、'03年4月に退団。在団中に出会った即興(インプロ)演劇に魅せられ、同年夏から、「即興実験学校」主催(東京・池袋)のワークショップに参加し始める。翌年春からは名古屋市でインプロワークショップ「即興実験学校in名古屋」を企画し、現在までに5回開催する。 また、ほぼ時期を同じくして、朗読への興味が再び燃え上がり、'04年12月からひとり朗読シリーズ「二十代の潜水生活」をスタートさせる。'15年末までに名古屋市・岐阜市等で「三十代の潜水生活」として、そして2016年から「朗読濃尾(ノーヴィ)」として80回以上の上演を行い、現在も継続中である。また'12年より(一社)日本朗読検定協会主催の「青空文庫朗読コンテスト」に参加し、'15年の全国大会で審査員特別賞を、'16年には第2位にあたる銀賞を受ける。3度目の正直、を目指して修行の毎日である。 |
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【AfroWagenのバイオグラフィ・主な公演の履歴】 |
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2003年春 |
「集中チ療室」退団。しばらく体調を崩して休み、1本客演の後、「即興実験学校」へ。 | |
2003年秋 |
劇団URGE(アージ)「彗星の使者」 |
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2004年春 |
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N.Y.A.F(名古屋市青少年芸術劇場) 「名古屋アタック〜アートフルフル応援団〜」 3月21日@アートピアホール(実行委員) |
「即興実験学校in名古屋」開始 第1回は名古屋市演劇練習館にて 詳しくは「Improvisation」へ |
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2005年秋 |
【画像なし】 |
日本劇作家大会長久手大会 観客投票型短編劇コンテスト「劇王3」 @長久手町文化の家 風のホール 平塚直隆「てんむすめ」で出場 |
2006年初春 【30歳】 |
(財)岐阜市公共ホール管理財団主催 演劇的トーク「舞台はどこにある!?」 @岐阜市文化センター ※ここから岐阜の街とのご縁が始まりました※ |
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2006年冬 【31歳】 |
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三重県小劇場上演研究実行委員会公演 「ウチハソバヤジャナイ」 @三重県文化会館小ホール ※公式Podcastの製作も担当しました※ |
2007年春 【31歳】 |
風林火山実行委員会 「カラフル2」 @長久手町文化の家 ※(実行委員)※ |
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2007年夏- 【32歳】 |
日本朗読ボクシング協会 「詩のボクシング」岐阜大会リングアナ @岐阜市文化センター ※’09年夏まで3年連続で担当※ |
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2008年夏- |
C.T.T.名古屋事務局に事務局員として加入 【http://cttnagoya.jugem.jp/】 |
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2009年春 【33歳】 |
カラフル3製作委員会 演劇博覧会「カラフル3」 @長久手町文化の家 ※(製作委員)※ |
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2010年春 |
オレンヂスタ 第弐戒公演 実験劇場 【一瞬だけ出演】 |
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2011年夏 【35歳】 |
タガワノリコ ソロプロデュース・ラブコール企画 【現地制作】 |
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2012年夏 【36歳】 |
iaku vol.1 「人の気も知らないで」 |
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